物件を貸すことから広がっていった世界オーナーインタビュー後編
東京都豊島区に物件を持つ不動産オーナー・河邉さんは、若者支援を行う団体であるサンカクシャに2023年4月から物件を貸し出しています。前編では、サンカクシャの代表と話しながら賃貸について考えていったエピソードや、こういった支援団体に物件を貸す場合の基本的な契約の枠組み、オーナーとして感じたメリット・デメリットなどを伺いました。 後編では、河邉さんに起きた心理面の変化や、このような物件活用が広がっていくために必要だと思うことについて伺います。
貸し手としての実感と、貸したからこそ見えた新たな価値
経済的メリットと社会的意義のバランス
CHAr連:賃料収入という経済性と、社会貢献という意味での社会性、このバランスはどのように感じていますか?
河邉:とてもいいバランスだと思っています。もう1部屋空いてるところも、是非サンカクシャに借りてもらいたいと思っているところですよ。
まず、法人契約であるため私が対応する必要のある入退去は少なく、安定性を感じています。
当初の設定より家賃を下げたといっても、損はないように工夫していますし、こちらとしては「応援したい」という気持ちもありますので、お互いwin-winの関係だと思います。
紹介者の存在と成功事例が、貸し出す際の心理的ハードルに効く
連:物件を貸すまでに、改修などの手間はほとんどかかっていませんよね。ネックだったのは、団体の信用度など、物件を貸して大丈夫かどうか考える心理的なハードルのほうかと思います。
一般的には、団体に貸す際にはこういった点が大きな障壁になると思いますが、今回は信頼できる人からの紹介だったことで、そのハードルが最初の時点でクリアされていた、だからこそ、サンカクシャとのすり合わせさえしっかりできれば、実際の運用面ではほとんど問題がなかった、ということでしょうか。
河邉:そうですね。確かに部屋を貸す前の段階では、サンカクシャ自体は信頼できる団体だとは思っていたものの、実際にどんな子たちが来るのかはイメージが湧かず、不安があったことは事実です。
ですが、1つの団体がまとめて借りてくれて、何かあればすぐに動いてくれる。これは気持ち的にはかなり楽ですよ。
私は今回、紹介をしてくれた山本さんの存在によって、一定の信頼感を持ったうえでサンカクシャと出会うことができましたが、「グッドグッドネイバーズ」が、今回の紹介者のような"信頼のフィルター"の役割を果たせるようになれば、もっとスムーズに進んでいくのかなと思います。
そうなるためには実績が必要ですが、サンカクシャに物件を貸して問題なく運用できているという事例は、一つの実績になっているのではないでしょうか。このまま大きなトラブルが起こらなければ、「グッドグッドネイバーズ」も成功事例を生み出したことになると言えると思います。団体に貸すという活用が、金銭面・安定面まで含めて評価されるようになってくるのではないかと思います。

サンカクシャが運営する居場所でくつろぐ若者達 ※河邉さんの物件とは別の場所です
取り組み後に生まれた「支援を受けている若者」への気持ちの変化
連:気持ちの部分をもう少し聞かせてください。サンカクシャに物件を貸していることで得られる感覚について、言葉にできることはありますか。
例えば、社会のために役立っているという実感や、何かしらの達成感があるのではないかと思いますが、いかがでしょう。
河邉:そうですね。私自身、あまり「社会に貢献している」とかそういう言葉を使うのは性格的に好きじゃないんですが...。例えばこんなことがありました。
あるとき、サンカクシャ代表の荒井さんが、当社の事務所にご相談にやってきました。
若者たちがタバコを吸っている。彼らにとってはタバコがある種の"ライフライン"のようなものになっているが、煙がすごくて近隣から苦情が出てしまった、といいます。そこで、「喫煙場所を作りたいけど、どうしたらいいか?」という相談を受けたんです。
私は、「タバコ屋運営の知見を提供できる」と伝えたところ、5〜6人の若者たちが相談に来てくれました。その彼らはみんな、過去にサンカクシャからの支援を受けて社会復帰を果たしている子でした。「今度はサンカクシャに協力したい」という思いを持ってやってきていたんですね。
彼らの姿を見て、私は驚きました。なぜなら、「なんでこんなにちゃんとしてるんだ?!」と思うほど、すごくきちんとしていたんです。
でも、ほんの数カ月前、あるいは1年前には、「社会に適応できない」とされ、疎外されていた子たちだったんですよ。
若者たちは、あるきっかけさえあれば元に戻ることができる。「一生支援しなければならない」わけではなく、「一時的に救済できれば、また元の状態に戻れる」こともあるんだと。その姿を間近に見られたのは、とても貴重な経験でした。
これは、言葉で説明しても伝わらないかもしれません。実際に見てみないと分からない感覚だと思います。
子を持つ親としても、非常に心動かされるものがありました。それが、この取り組みを通じて得た一番の収穫かもしれません。

サンカクシャが説明している、若者が社会にサンカクするまでのステップ
大切にしている物件だから、ふさわしく使われてほしい
活かし方次第で物件の価値は変わる
連:一つの仮説として考えられるのは、一般的な賃貸市場ではあまり価値がないとされる物件でも、団体の活動とフィットすれば、新たな価値が生まれるということです。
例えば、通常のマーケットでは価値が低いと見なされがちな物件でも、団体のニーズに合致すれば、意外と価値を持つケースもあるでしょう。アクセスの良し悪しなど、一般の入居者とは異なる視点で評価される可能性もありますよね。
河邉:不動産業界では「入居者が決まりにくい物件をどうやって決めるか?」という話になると、よく話に出るのは、通常借りづらい立場の人に貸すことなんです。
例えば、生活保護を受けている人や外国籍の方、高齢者など、一般的に入居審査が厳しくなる層とマッチングさせる、というのが業界のよくある流れです。
でも、正直言うと、私はそういう考え方があまり好きではないんですよね。単に「借り手が見つかりにくいから貸す」というやり方ではなく、その人にとって最適な環境を考えるべきだと思うんです。自分の物件が、そういった"妥協"のような形で利用されるのは少し抵抗があります。
とはいえ、今の不動産市場は情報戦になっていて、築年数・駅距離・設備の条件が揃っていないと検索上位に表示されず、見てももらえない現状があります。
そんな中で、今回のように「本当に必要な人」と「物件の価値」がピタッと噛み合った今回のケースは、とても面白いなと感じています。
「志を同じくする人に借りてほしい」というオーナーとしてのプライド
連:サンカクシャとの座組を、他のオーナーさんには勧めたいですか。
河邉:もし同じエリアで同じような物件を持っているオーナーさんに聞かれたら、「うちが貸していて問題ないので、大丈夫だと思いますよ」とは言えます。実体験をもとに不動産会社として、経験則に基づいて説明できるようにはなった、という感じですね。
「ぜひ貸してください!」とまでは言わないかもしれません。でも、少なくとも自分が管理している地主さんやオーナーさんには、経験をもとに説明できるようにはなったと思っています。
連:どのような人に勧めたいですか。
河邉:目的によると思います。もし金銭的な利益を優先するなら、正直やらないほうがいいでしょうし、単に“物件が決まりやすくなるからやったほうがいい”という話とも違うと思っています。
では「なぜやっているのか?」と聞かれたら、一番近い言葉で表現すると「プライド」かもしれません。
自分が手をかけて、モクチンレシピを取り入れたり、いろいろと工夫している物件だからこそ、入居者も「志を同じくする人」、物件の価値を理解してくれる人や、それを活かしてくれる人に住んでもらいたいという思いがあります。
連:河邉さんはこれまでの不動産業務を通じて、さまざまな人と関わってきました。だからこそ、「誰でもいいから借りてほしい」というよりも、「自分が大切にしたい人、応援したい人、共感できる人に住んでもらいたい」という思いが自然と生まれてきたのではないでしょうか。
そう考えると、今回サンカクシャとの縁ができたのも、ごく自然な流れだったのかもしれませんね。
河邉:そうですね。「応援したい」という言葉は、表現として一番しっくりきますね。
物件を貸すことで生まれる、地域とのつながり
連:あとは、サンカクシャは地域を魅力的にするプレイヤーでもありますよね。
直接的に「まちづくり」をしているわけではないけれど、そういう人たちがいることで、街の雰囲気や流れが少しずつ変わっていく。
「まちの中に仲間が増える」ような感覚もあるのではないかと思いますが、いかがですか。
河邉:そうですね、かなり親近感は持ちやすくなりました。彼らと関わりを持ったことで、このエリア一帯がより身近な場所になったという実感があります。
「愛おしくなる」と言うと少し大げさかもしれませんが、以前よりも地域との関わりが深まったし、ただ普通に物件を貸していたときよりも、このエリアがもっと関わりしろのある場所になったと感じますね。
連:不動産投資家は、単に投資として成立させることもできれば、「そのまちが好きだから」という理由で、エリアを選んで行うこともあります。あるいは、自分の実家がそのエリアにあって、今は離れて暮らしているというケースもあると思います。
そういうとき、"住む"以外の形で地域と関わる方法を考えたときに、地域で活動している団体に物件を貸すというのも、一つの選択肢になり得ます。
そうすることで、オーナーとして地域のことをより深く知る機会が生まれたり、ちょっとしたつながりを作るきっかけになるかもしれませんね。

ZOOMでインタビューを実施。上中央が河邉さん