自分にできる協力の形として、部屋を貸すことを選んだ
サンカクシャとの出会いとつながりのきっかけ
CHAr米田:河邉さんは、東京都豊島区にお持ちの物件を、NPO法人サンカクシャに貸し出されています。サンカクシャとの出会い、そして物件を貸すことになったまでの流れを教えてください。
河邉:サンカクシャとの出会いは、「かみいけ木賃文化ネットワーク」の代表であり「大家の学校」の講師でもある山本直さんの紹介でした。私は以前から山本さんの活動に共感していて、「志を同じくする方だな」と親近感を持っていました。
山本さんの活動地域に近い場所にアパートを所有していまして、空室が出たタイミングで「何か関われることがあるかもしれない」と思い、資料を持って挨拶に行ったことがきっかけです。
すると、1週間ほどして山本さんから「この近くで活動している団体が部屋を探している」との話をいただきました。それがサンカクシャとの出会いでした。

親や身近な大人を頼れない若者の支援を行うサンカクシャ
「若者支援」への不安と、貸し出しを決めた理由
河邉:サンカクシャについて調べると、若者支援を行っている団体だと分かりました。不動産オーナーかつ不動産管理の立場からすると、「若者支援」と聞いて最初は不安がありました。
「問題を起こさないか?」「家賃の支払いは大丈夫か?」といったリスクを考えましたが、まずは代表の荒井さんから直接話を聞くことにしました。
難しい状況に置かれる若者と関わり続けているサンカクシャの事業について聞いていると、大切なことではあるものの大変そうな活動で、驚きと尊敬が混ざったような感情が湧いてきました。自分にはできないな、とも思いましたね。そんな活動を明るく話される荒井さんの様子に惹かれる部分もありました。
そして、彼らの物件用途が「シェルター」としての要素を持っていることがわかりました。住まいを失った若者を支援するための物件で、自力で家を借りて生活できるようになるまで一時的に暮らす場所ということです。
シェルターとしての物件は借りづらいケースが多く、訊ねると、やはり借りることに苦労しているとのことでした。
不安が全て消えたわけではありませんが、「誰かが貸さないと進まないよな」という思いもわいてきて、私としての関わり方を真剣に考えるようになりました。
当初は毎月の寄付を検討していたのですが、「寄付をするより、実際に部屋を貸すほうが自分にしかできない協力になるのではないか」と思い、貸し出しを決めました。
「シェルターとして部屋を貸す」ことのメリットとデメリット
オーナーの負担軽減というメリット
米田:実際に貸してみて、良かったと感じることはありましたか。
河邉:例えば、生活保護の方や精神疾患を持つ方など、一般的に住宅が借りにくいと言われる方に部屋を貸し出す場合、クレームが多く、不動産管理の現場が疲弊することもあります。
しかし、今回のケースでは、初動対応をサンカクシャが行ってくれるため、オーナー側の負担が大幅に軽減されます。
企業が法人契約で社員向けに部屋を借りるのと同じように、サンカクシャが窓口となることで、入居者対応を一括して行ってくれる。これは大きなメリットでした。
入居者リスクと賃貸市場の課題
米田:反対に、悩んだ点や感じている課題などはありますか。
河邉:「シェルター」の要素を含んでいると、入居者が誰になるのか分かりません。精神的に不安定な方が入る可能性もあります。そうなると、他の部屋の入居者に迷惑をかけるリスクも考えられるので、その点は懸念していました。
ですが、実際には問題は起きていません。他の部屋の住民にも確認したのですが、「そういう人が住んでいたことすら気付かなかったし、特に騒ぎが起こることもなかったですね」と話していました。
また、賃貸市場では「シェルターとして貸す」スキームだと一般的に保証会社が使えないので(※理由は後述)、それは悩ましい点ですね。
前例が少ないため、保証会社が対応できないのは当然でもあり、だからこそ、こういった内容を記事にして発信していくことには大きな意義があると思っています。
不動産業界も法律も、過去の判例や事例があることでルールが作られます。ですから、こうした実績をもとに、例えば宅建協会や業界のキーパーソンが関心を持ち、「この取り組みをフォローしよう」と動いてくれる可能性も出てくるのではないでしょうか。
そしていずれ、保証会社も対応して当然の時代が来るのではないかと思います。
安心して貸せる仕組みと住まいの質
サンカクシャとの法人契約と賃貸の仕組み
米田:河邉さんは、お持ちのアパートのうち2部屋(追記:2025年7月より3部屋目も契約予定)をサンカクシャに貸しているということで、契約や実際の運用について具体的に教えてください。部屋に実際に住むのは若者ですが、契約はサンカクシャとしているということですよね。
河邉:はい、サンカクシャと法人契約を結んでいます。部屋が空いているかどうかにかかわらず、契約上、サンカクシャから毎月家賃のお支払いをいただいています。
一般的に、法人契約で物件を貸す場合、住むのはその法人の社員を前提とした契約になります。いわゆる借り上げの社員寮ですね。
ですがサンカクシャの場合は、住む若者はサンカクシャの社員ではない。そのため既存の賃貸契約に当てはまらず、保証会社も使えないということになります。
入居者が替わる際の対応はサンカクシャが行っています。そのためどういった方がどの程度の期間で入れ替わっているのか正確にはわかりませんが、短い人では2週間から1カ月程度で次の住まいへ移るようです。
彼らの支援の流れとして、最初はサンカクシャが運営しているシェアハウスに入り、落ち着いてきたら一般の賃貸物件に近いシェルターへ移り、一人暮らしの練習を経て社会復帰する、という段階を踏んでいるそうです。シェルターに移った後は、自身で通常の賃貸物件を借りて出ていくことを目指しているので、比較的入れ替わりの頻度は高いのではないかと思います。
米田:家賃を決めていく上での相談などはありましたか。
河邉:相談をいただいて、もともと決めていた家賃よりも数千円減額して貸しています。サンカクシャも寄付金で運営していて潤沢な資金があるわけではないので、無理のない水準に合わせたというところです。
もともと寄付を検討していたくらいなので、それなら寄付をするなら賃料を調整する形で還元するほうが、私にしかできない支援の方法ではないか、と思ったんです。そのため、寄付の代わりに家賃の減額という形を取っています。
信頼関係と初動対応の重要性
米田:貸し出すにあたっての不安や懸念を取り払うために、サンカクシャの代表者である荒井さんとお話しをしながら、貸せるかどうか検討したということですが、その他に事前に特別に取り決めたルールなどはありましたか?
河邉:そういった取り決めが必要な困りごとが起こるか起こらないのか、そこは実際に貸してみてどうなるか様子を見ながら判断する必要があると思っていました。
ただ、2年近く貸してみても問題は起こっていません。
サンカクシャの方がしっかり対応してくれているおかげでもあると思います。
また、貸すに至った経緯として、信頼できる方からの紹介だったことも大きかったですね。
もし直接サンカクシャから話があっただけなら、私は貸していなかったかもしれません。紹介があったからこそ「この人たちなら大丈夫だろう」と思えた部分はあります。
一方で、サンカクシャの方々も同じように感じていたようです。
「ご紹介だから絶対に迷惑はかけられない」という意識を持ってくれているようで、初動対応をしっかり行い、こちらに迷惑がかからないように気を配ってくださっています。
住環境が若者支援に与える影響
米田:貸し出しに伴い、物件の改修工事はされましたか?
河邉:基本的にはありません。
モクチンレシピ(CHArが提供する、賃貸の再生アイディア)で改修を終えていた状態で物件を見てもらいました。
すると、すぐに気に入ってもらえました。若者とモクチンレシピの相性は抜群ですね。

サンカクシャに貸している部屋。押入れのふすまをなくしてクローゼット兼作業テーブルに変更する工夫も。
米田:住宅を借りづらい立場の人や若者は、社会から「どんな部屋でも借りられるだけ良い」などと言われることもあると思います。でも、デザインが工夫されていたり、周辺環境を含む住環境が整っていることで、住まいへの満足度や愛着が変わるのでしょうね。
河邉:はい、そうだと思います。
彼らが今の賃貸市場で入れる部屋は限られています。ですから、「住めればどこでもいいでしょ?」といった扱いの物件ばかりでは、若者にとっては不適切な環境になりえます。というのも、住民同士の関係がストレスになり、若者がますます引きこもってしまうケースもあるようなんです。
部屋の質だけでなく、周囲の環境や入居者の質も、若者に大きく影響すると感じています。
後編では、河邉さんに起きた心理面の変化や、このような物件活用が広がっていくために必要だと思うことについて伺います。